2023年度ワークショップ「IITキャンパス/クラウンホール再読」
教員:
妹島和世(Y-GSA名誉教授)
西沢立衛(Y-GSA教授)
富永讓(横浜国立大学非常勤講師)
石飛亮(Y-GSA設計助手)
玉田誠(Y-GSA設計助手)
参加学生:
洪スンウ、境野廉、佐藤翔人、小宮田麻理、小野誠治、香川唯、清水康平、石川泰成、榊真希、吉武洋輔、研谷航輝、物部果穂、黄鵬飛、陳宇澤、前田大貴
概要:
ワークショップ期間:2023年4月〜2024年3月
現地調査:2023年8月24日〜8月28日(U.S.A Chicago)
展覧会:2024年2月16日〜3月3日(東京都庭園美術館正門横スペース)

Y-GSAでは、2022年度より妹島和世氏の指導のもとに始まった、モダニズム建築の再読研究の取り組みの2年目となる2023年度において、ミース・ファン・デル・ローエによる、シカゴのイリノイ工科大学(IIT)にある建築「クラウンホール」と「イリノイ工科大学キャンパス計画」を再読の対象として研究を行いました。
クラウンホールを対象とした理由について妹島氏は、「物の組み立てだけでできてしまったような、空間と物質の一体性・構築性が非常に明確な建築でありながら、その建ち方がIITのキャンパスや、その周りへ溶けていくように魅力的に見えることが不可解であったため、再読すると何かわかるのではないか」と述べていました。

ワークショップのプロセス
今回のワークショップではアメリカのシカゴへ渡航し、実際にクラウンホールとIITキャンパスを調査しました。その事前調査としてクラウンホールの構成、構造、モジュール、寸法、ディテール、素材について図面や写真、文献を調べ、IITキャンパスの成り立ちやシカゴの歴史についても研究を行いました。また、それに加えてミースの人物像や生い立ち、時代背景などを調査することでより深く読解していきました。
現地では、イリノイ工科大学のキャンパス全体を当大学の教授の案内のもとで見学し、研究対象であるクラウンホールの実測等の調査を行いました。またシカゴではミース・ファン・デル・ローエが設計をした他の建築も見学すると共に、シカゴの街のフィールドワークを実施し、当建築家の思想や時代背景による変遷、またそれによる近代建築への影響などをシカゴの街から読み解き分析しました。さらに現地ではクラウンホールの改修工事を担当した建築設計事務所へのヒアリングも行うことで、具体的な建築技術や建築の保存方法についても理解を深めることができました。




帰国後は現地調査の内容を反映し、より精度の高い1/30のクラウンホール本体および1/500のイリノイ工科大学キャンパス模型の製作に取り掛かりました。1/30のクラウンホール本体の模型では実際の部材寸法にできるだけ近づけることで、クラウンホールの持つ繊細さと物質が集まってできた空間を表現することを試みました。実際の構造形式を再現しようと試みましたが、1/30に縮小された模型では強度が足らず、元々の空間の質を損なわないような組み立て方を検討しました。いかにクラウンホールが繊細にできているかを模型という物質を通して理解することができました。また、現地で得た知見をもとに改めて調査分析を行い、以下のようにまとめました。




部分と全体
イリノイ工科大学(IIT)キャンパスはルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエがマスタープランから構想したアメリカ・シカゴ南部にある大学キャンパスです。都市再生事業に則り、キャンパス計画は段階的な用地買収によって行われ、市街地の中に入り込みながら周辺の街と一体的に計画されていったため、キャンパスとシカゴの町がグリッドで調和し合いながら現在も良好な環境を形成しています。キャンパス計画の一環として、建築学部棟〈クラウンホール〉を含めた 20 棟の建築がミースにより設計されました。ミースは〈クラウンホール〉を「我々の行った最も明快な構造であり、我々の哲学を表現する最良のものである。」と自身で述べており、〈クラウンホール〉は彼の思想が最もよく現れた建築作品と言えます。今回の再読では、〈クラウンホール〉と IIT キャンパスを「部分と全体」という視点から読み解きました。都市から建築、物質という様々なスケールを横断しながら、物質の集まりが建築という全体を作り、建築の集まりがキャンパスや都市という全体を作る、ミースの一貫した思想を「都市」「配置」「構造」「納まり」「物質」という5つの視点で読み解きました。
都市
ミースはマスタープランでIIT(イリノイ工科大学)キャンパス内と周辺敷地に 24×24 フィートのグリッドを敷き市街地 の中に拡張していくキャンパス計画を提案し、シカゴの街とグリッドで調和しながら展開していきました。ミースが大学から離れた1958 年以降も、大学キャンパスはミースの計画をもとに拡張し続けています。ミースが作り上げた秩序に従い、完成形でありながらも、更新され続けるキャンパスが広がっています。
配置
建築の配置や内部空間の柱は 24×24 フィート間隔のグリッドに則り、独立した建築が集まることによってキャンパス全体を構成しています。グリッドに従いながら、建築同士の微妙なズレによる閉じ切らない配置が、どこまでも途切れることなく広がっていくキャンパス空間を作っています。柱もグリッド上に置かれることで、内部空間と外部空間が同じ秩序を持ち、建築の配置によりどこまでも連続していくようなキャンパスを実現しました。
構造
〈クラウンホール〉は柱のない大空間を実現するため、屋根を4 本の門型フレームで吊り下げ、1 階床スラブを地下階の鉄筋コンクリート柱で支える構造としています。全体の水平荷重は、屋根フレーム、床スラブ、基礎に剛接合した鉄骨のマリオンと柱で負担しています。鉛直荷重は 8 本の鉄骨の柱で負担しています。無柱空間を支える象徴的な4本の門型フレームは応力に合わせて 2 種類を使い分けており、細部に様々な構造的工夫がなされています。
納まり
建築の構成要素同士の納まりは、独立させる組み合わせ、閉じ切らない組み合わせ、秩序を与える組み合わせの3つのルールを持ちます。壁と柱、スラブとマリオン、階段と壁の取り合いは、各素材の持つ特徴を尊重し、要素同士が接さないように独立して配置しています。角におけるマリオンの配置、パーテーションの配置、壁と天井面の取り合いは、角を合わせないように閉じ切らない配置としています。
物質
〈クラウンホール〉は、各素材が持つ質感を尊重しながら計画されています。スチール製のマリオンが並ぶことでファサードの質感をつくり、白黒の砕石を含むテラゾーは光沢があり、周囲の環境を反射して映すことで、床の質感をつくり、異なる様相で内外を映す透明なガラスと半透明ガラスが空間全体の質感をつくっています。それぞれ単位を持った素材の集まりが全体の質感をつくります。



展覧会/東京都庭園美術館 正門横スペース
東京都庭園美術館にて、館長の妹島和世氏が企画する「ランドスケープをつくる」シリーズの第5回目として、本ワークショップ「IITキャンパス/クラウンホール再読」の展示を行いました。展示では1/30の大きさで再現したクラウンホール模型を中心に、縮尺1/500 のIIT キャンパス模型、縮尺1/1 の詳細図などを通し、「都市」「建築」「物」という様々なスケールを横断しながらも、建築の集まりがキャンパスや都市という全体を作り、物の集まりが建築という全体を作るというミースの一貫した思想を紹介しました。






それに合わせて本学の教員に加えてIIT教員と国内の建築家を招いたシンポジウムを開催しました。IITの前建築学部長であるWiel Arets氏によるミースの人生史を中心としたショートレクチャーと、IITの元教授であるSteve Brubakerによるクラウンホールのコンポジションについてのショートレクチャーを起点に、西沢大良氏と増田信吾氏とのディスカッションを行い、より深い議論が交わされました

2回目となるモダニズム建築の再読研究でミースを取り上げたことで、都市から建築、そして物資まで横断した視点での建築研究を行うことができました。また、海外に舞台を移すことで、国際的な観点から建築の社会的背景や価値観を学ぶことができました。