2025年度ワークショップ「サヴォワ邸再読」

2026.09.27

調査研究・展覧会制作:
妹島和世(横浜国立大学 名誉教授)
富永讓(横浜国立大学都市科学部 非常勤講師)
西沢立衛(横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院Y-GSA 教授)
寺田真理子(横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院Y-GSA 准教授)
小田切駿(横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院Y-GSA 設計助手)
鈴木菜摘(SANAA)

浮田有我志、衣笠恭平、熊谷風音、坂口隼平、佐藤光、大道菜々花、陳乃綸、前田大輝、矢部完太郎、山本莞太
(以上、横浜国立大学大学院都市イノベーション学府Y-GSA 修士課程)

概要:
ワークショップ期間:2025年4月~2026年3月
現地調査:2025年7月28日~8月1日(フランス、スイス)
展覧会:2026年3月3日~3月15日(東京南青山|新建築書店 | POST architecture books)


[写真:1/20全体模型 外観]

Y-GSAでは、2022年度より妹島和世氏の指導のもと、近現代の名作建築の「再読」研究に取り組んでいます。4年目となる2025年度は、富永讓氏、西沢立衛氏の協力のもと、ル・コルビュジエの設計によるフランス・ポワッシーの《サヴォワ邸》(1931年竣工)を対象に研究を行いました。
《サヴォワ邸》は、ル・コルビュジエが提唱した〈新しい建築のための5つの要点〉を象徴する建築として広く知られています。一方で、建築の中心に人間を据えた〈建築的散策路(プロムナード)〉が高度に具現化された、現代でも色褪せない空間的な新しさに満ちた建築でもあります。本ワークショップでは、この身体的な空間の連続性に着目しました。スロープや階段による螺旋運動や、構成秩序からの意図的な逸脱といった仕掛けを研究し、豊かな〈経験〉がいかにして〈構築〉されているのかを明らかにすることを目指しました。

ワークショップのプロセス
事前調査では、サヴォワ邸に至るまでの住宅作品を軸にル・コルビュジエの生涯を年表にまとめ、生涯の出来事が建築形態に与えた影響を探りました。あわせて、都立図書館所蔵の図面集をもとに各階平面図を作成し、1/50のスタディ模型で全体構成を把握しました。

現地調査では、ラ・トゥーレット修道院、レマン湖畔の「小さな家」(Villa “Le Lac”)、ロンシャンの礼拝堂を見学しました。《サヴォワ邸》では2日間にわたる調査を行いました。ピロティから屋上庭園に至るまで、柱、内法寸法、内外の建具、造作家具、色・仕上げを班ごとに分担して実測し、図面や文献だけではわからない寸法や納まりを記録しました。実測からは、4,750mmの均等グリッド上に並ぶ柱が、丸柱、角柱、楕円柱、壁と一体化した柱など、場所ごとに形状や寸法を変えていることも明らかになりました。




[写真:サヴォワ邸の実測の様子]


[写真:ラ・トゥーレット修道院の見学]


[写真:ロンシャンの礼拝堂の見学]

帰国後は、実測で得た情報を反映した木製の1/20全体模型を制作しました。あわせて、エントランスホールとキッチンを切り取った1/10部分模型、実測調査による図面、空間経験を描くドローイングを作成しました。妹島氏とのエスキースでは、「5つの要点」という原則と、そこからのズレの関係が議論の中心になりました。寝室のために壁を後退させてシンメトリーをつくる、浴室を押し出す、屋上庭園が内部にまで入り込むといった逸脱が、建築のあちこちに見られます。こうしたズレがどのように散策路や経験を生み出しているのかを、図面と模型の双方で示す方法を検討しました。



[写真:エスキースの様子]

経験の構築
《サヴォワ邸》は、かつて広大な果樹園であった丘の上に、眺望、周囲の自然、太陽の運動を考慮して配置されています。門から樹々のトンネルを抜けると建物が現れ、自動車はピロティをくぐり、湾曲したガラス窓に沿って回り込みながら玄関へと導かれます。ポワッシーのまちを望む北側を正面とするための配置です。
ル・コルビュジエは講義録『プレシジョン』で、建築においても都市計画においてもすべては動線であると述べています。人間の動きによって都市から住宅までが連続的に知覚されていく建築において、動線は重要な言語でした。《サヴォワ邸》では、中央に構えるスロープとその脇の階段による螺旋運動を軸に、歩くことで空間が鮮やかに展開する〈建築的散策路〉がつくられています。
〈ドム・イノ型住宅〉に始まる、壁を構造から解放するという原則は、ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面の5つの要点として結実しています。しかし実測と模型制作を通して見えてきたのは、原則を明快に示すだけの建築ではありませんでした。柱や壁、家具が場所ごとに少しずつ基準を変えながら、人の動きにあわせて空間を連続させていく建築の姿です。1/10の部分模型では、スロープと階段の螺旋運動が軸となるホールの流れを示しました。キッチンでは、水平連続窓による視線の横滑りと造作家具による回り込みの運動を示し、まとまりを持つ部分にも流れがあることを表現しました。



[写真:1/10部分模型(ホール/キッチン)]

展覧会/新建築書店 | POST architecture books
南青山の新建築書店 | POST architecture booksにて、「サヴォワ邸 再読」展/経験の構築 を開催しました。展示の中心は、造作家具や開口部の納まり、タイルの仕上げに至るまで実測にもとづいて再現した1/20の全体模型です。そのほかに1/10の部分模型2点、実測調査による図面、分析ドローイングなどを展示しました。会場では、妹島氏、富永氏による寄稿文を収めたレジュメも配布しました。



[写真:展示ポスター]


[写真:展示風景]

会期中の3月14日には、妹島和世氏、富永讓氏、西沢立衛氏を迎え、記念シンポジウム「ル・コルビュジエについて」を開催しました。学生による研究発表に続き、登壇者と学生によるディスカッションが行われました。ル・コルビュジエと同時代に近い視点から、現代の学生の視点まで、多世代が参加する議論のなかで、世代や時代によってル・コルビュジエの建築のどこに面白さや新鮮さを感じるのかの違いが浮き彫りになりました。


[写真:シンポジウムポスター]

4回目となる再読研究では、実測から模型化に至るプロセスを通して、ル・コルビュジエが身体的な経験にもとづいて建築の原則そのものを変えながら、複雑な空間を連続的につくりあげていたことを確かめることができました。原則を示しながらその基準自体が変えられていくという《サヴォワ邸》の特異なあり方を、1/20という大きなスケールの模型にすることで、直感的に他者と共有できるものにできたと考えます。

写真:小田切駿