2017年度、香港大学との国際ワークショップを開催しました

2019.03.05

香港の新たな居住環境を考える

2017年夏、Y-GSAと香港大学の2大学で共同ワークショップを行った。昨年2016年にベルリンにて行ったワークショップに引き続き “BIG FORM – SMALL GRAIN” をテーマに掲げた。ベルリンでは、都市計画によって作られた街区ごとの居住単位について学び、コーポラティブという仕組みを使った新しい集合住宅
(コーポ ラティブ・ハウジング)の可能性について学ぶことを目的とする。

家賃相場と世帯年収と、都市の面積のバランスが悪く、世界で最も住宅購入が難しいと言われている香港において、人々がどのように集合し生活し、どのように空間や都市を共有しているのかを探求し、香港の都市空間のもつ魅力と問題点議論する。 異なる背景を持つ学生たちかが、それぞれの経験や知識を基に議論しながら、” 深水埗” におけるこれからの都市の居住について考えることで、新しい都市の更新の仕方について提案するワークショップである。

香港の集合住宅の中庭からの様子

香港のコンテクスト

今回のワークショップでリサーチを行う敷地は、深水埗。香港九龍半島の北西部に位置する地区で、香港の中 で特に所得水準の低い地区である。 元々は、海に面した砂地だったが、工業化が進むにつれ埋め立てられ、後に長さ 100m 幅 50m程の碁盤目状のグリッドが完成する。商業、産業、輸送の中心地となり、2階以上は居住スペースが設けられた。

人口増加に伴い高密度し、”cage house” と呼ばれるかつて1住戸だった空間の中に積み重ねられた鉄カゴの中で生活をする人たちも現れるほどである。”Sub-devided house”と呼ばれる形式では、鉄カゴまでではないが、一つの部屋をさらにいくつかの部屋にわけ、水回りなどは共同で使う生活をしている人もいる。プライベートなスペースが高密度すぎることで、様々な生活の一部が道にまで溢れ出すようなまちとなった。

今、このエリアは再開発の計画が進み、住環境が整頓され清潔になる一方で、居住者も入れ替わり、これまでの賑やかで活気ある風景が失われかけている。

深水埗の様子

ワークショップテーマ

このワークショップでは、超高密度な中高層住宅が建つ香港の住環境において、”Big Form/ Small Grain” のモでルを考える。香港のパブリックスペースや “Spaces of Commoning” は、都市の中にどのように存在し、暮らしの中でどのように使われているのだろうか。また香港の高密度集合住宅内部には、人々の共有するスペースは存在し機能しているのだろうか。

香港の居住環境では、日常生活の一部が屋外やパブリックスペースで行われていることがしばしば見受けられる。その屋外化された生活空間は、様々な人が共有し活動を行う空間として “Spaces of Commoning” と呼び得るのだろうか。

今回のワークショップでは、香港の人びとの居住空間での生活が、集合住宅という建築空間を越えてどのように存在するのか。生活の場が屋内外に展開する Spaces of Commoningは、どのように香港の都市のなかで機能しているのか。また Spaces of Commoning を介した、居住の最小単位である Small Grain としての空間のネットワークを分析する。それらがどのように人びとの暮らしを支え、集合住宅全体を、あるいは街区としての Big Form(全体性) をつくり出し、地域ごとの個性をいかした周辺環境をつくり得るのか、分析・考察する。香港らしい居住空間におけるパブリックスペース、コモンスペースのあり方、プログラムのあり方を考える。

香港は、世界的に見ても不動産の価格、家賃の相場が高く、また超高密度居住で知られるが、それらがもたらす香港的な居住空間の成り立ち、あり方を探る。果たして、香港の都市居住、Spaces of Commoning のあり方は、日本の都市居住、あるいは木造密集市街地などにどのように応用、展開していけるのか。

Small grainとしての各住戸が、生活・行為としての居住空間に終わらず、地域と連結していくことで、人びとの緩やかな関係性をもたらす仕組みと空間のデザインができるのか、分析・考察し、新しい居住空間を提案する。

敷地とダイアグラム
敷地の写真

深水埗のストリートは、一日の時間と共に表情を変える。夜が明け始める前に精肉屋や八百屋や、朝食を提供する店は動き始め、昼に近づく頃には雑貨などの衣類関係の店舗が開き始め、露店も多くで始める。夕方になると、露店をたたみ始める風景が見られるがまた別の露店が現れ始めるエリアも少なくない。

日が暮れて夜になると、看板に照明がつき始め夜の顔を見せ、呼吸している様に変化するストリートは休む間がない。二階以上にある高密度になった人々の暮らしが、ストリートに溢れ出している。

プロポーザル

およそ1週間のワークショップは、合計15名のY-GSAと香港大学の学生で行われた。4つのグループに分かれ、そのうち2グループは深水埗の中でも少し離れた街区で昔の建物が取り壊され再開発が行われる場所(site A)、残りの2グループ深水埗の中心にある最も古く既存の建物で敷き詰められている街区(site B)を敷地とした。

これらの敷地で、深水埗の抱えている問題と魅力を明らかにしながら、今後どの様に深水埗が更新して行くことができるかを議論し提案した。過剰なまでの高密度な都市での生活環境だからこそ垣間見える豊かで魅力的な風景と、安全面や衛生面、経済的背景から、更新し解決していかなければならない問題を抱えている。この深水埗という場所から、これからの居住について、共有と集合の仕方に求められているものを導き出すことを試みた。

1.GROUP A (Site B)_Architecture that Creates Happenings

[Y-GSA]
Ken Nakajima M2
Nozomi Tateishi M1
Lisa Shigematsu M1
[HKU]
Wong King Yin,Jaco M2

深水埗は、多くの商店が並び、様々な人や物が集まる場所だ。そこには、買い物や食事をしている人もいれば、昼寝をしている人、おしゃべりに忙しい人、散歩をしている人、仲間との麻雀を楽しんでいる人など様々な人々いて、皆が街中で自由に振舞っている。 私たちはそんな、自由で無関係に存在している深水埗の人や物や活動が、出会い、新しい出来事が起こるきっかけとなるような場所を作りたいと考えた。都市での自由な振る舞いが、生活の場にも入り込み、深水埗の人々の暮らしがより魅力的になるような建築を提案する。

深水埗を訪れる様々な人が、喧噪や静寂、開放感や閉鎖感など異なる環境を跨いでいけるようシーン間の体験を建築へと落とし込み、敷地の外側で起こっている活動を立体的に結ぶことで、居住空間と都市空間との間に” Happening” を起こす。このプロジェクトは、グループ設計である強みを生かし、各々の意見をどのようなシーンがどの場所で生まれるとよいかを考えながら加算的に付与していくことで空間が見えてくるプロセス自体の提案でも ある。デザインとしては、空間を持ったハードとしての建築を作ることを目標にせず、対象敷地の体験 を別の場所での体験とをいかにつなげていくかというソフトの面に着目し、あらゆる人々の都市の体験に彩りを与えられるような場所を提案する。

2.GROUP B (site B)_Revitalising the “Back Air”

[Y-GSA]
Mana Yoshimura M2
Akira Ikegami M1
[HKU]
Carol Ng Kalam M2
Cynthia Leung M2

私たちは香港の高密市街地における都市の裏側に着目した。深水埗における都市の構成は1層部分に飲食店や商店などの店舗、2層以降は高密の住宅からなる。中でもこの都市において特徴的であるのがその表の店舗の裏側には必ず、商業用の動線空間が設けられていることだ。この商業用の動線空間は、衛生的にあまり良くなく、外部の人は立ち入りにくい場所である。だが、高いビルに囲まれたその空間は、この地域に住まう人たちが必死に働き、時にはこの裏の空間で休息をとる場所として機能している魅力的な空間だ。超高密市街地である香港において、地域の人によって密かに利用されてきた場をコモンの場として捉え直すことで、ここに住まう人にとっても、ここで働く人にとっても、ここに訪れる人にとっても快適な空間を提案する。

様々なアクテビティを許容するフレームを構築する。香港において、工事用の足場が竹で組まれているのを度々目にした。この足場の下を人々は颯爽と何事もないように通り抜けていく。そんな人々の行き交う風景を内包する香港の人々に慣れ親しんだフレーム構造に床を張り、既存の建物に寄り添う様に場所を作っていく。既存の建物から直接アクセスできる様になったり、それに関連する様なプログラムを展開できる様な広さの場所を設けると共に、新しくその上層に住む住人たちのためのコモンの場も設けていく。

3.GROUP C (site A)_Small Activated City

[Y-GSA]
Satoki Tamura M2
Tetsuro Sugiura M1
[HKU]
Prisca Ho M2

廟街、通菜街、銀幕街、水星街。香港では「街」と書いて “STREET” と読む。ストリートは街なのだ。人間のアクティビティの空間である。 いま香港では「きれいな街」が大きくなってきている。ストリート文化はこのまま生き残れるだろうか。 香港は超高密居住都市であるが、ただ狭い部屋に閉じこもって生きているのではない。彼らは街に生き、ベッドからストリートまでを横断しながら毎日の活動を展開する。そうした生活のダイナミズムを称えながら現実にある居住環境の劣悪さをどうにかできないかと考えた。ここでは旧市街深水埗の街区ブロックにコミュニティパッサージュと名付けたストリートを挿入する提案をした。活動領域の拡大と生活環境の向上を同時に成す計画である。

香港の劣悪な生活環境に対して、URA (Urban Residence Associates) は快適な居住環境を大きなマンションに よって提供しているが、賃料が高騰し根本的な解決にはならず、街の個性も失われていく。深水埗のストリート文化を残しながら更新していく手段が必要である。大きな街区にコミュニティパッサージュと名付けたストリートを通す。劣悪な状況の住居やコモンスペースの 環境を改善しながら、香港らしい活動の場をつくる。

4.GROUP D (site A)_Catalytic Podium

[Y-GSA]
Yuka Morohoshi M2
Shu Yokoo M1
[HKU]
Adrian Wen M1
Geng Li

香港の住宅は驚くほど狭いが、そのぶん生活が都市に溢れ出ている。このはみ出した生活を受け止める場として、香港の都市を埋め尽くす高層建築の基壇部分の新しいあり方を提案する。昼間は仮設の店が開かれ、夜は住人の居場所になるような使われ方を考え、さらにファクトリーや教育機能を持つことで、職のない人々が仕事を学び、ひとり立ちしていけるようなシステムと建築を提案する。街から賑わいを取り除くような開発的建築ではなく、職人・ホームレス・観光客が互いに関係を持つことのできる場としての
「触媒的基壇」となる。

2013年には、政府は住宅用の候補地として現在の場所に変わる代替案を確認し、2017年3月までに現在の市場のクリアランスを要求している。2016年に政府は、敷地の近くの高速道路の下にあるTung Chow Street Temporary Marketのそばの場所にすることを検討した。しかし、元来のファブリックマーケットの人々は、いくつかの理由から政府の提案に対して大きな抗議を示した。

 彼らは提示されている家賃、生活水準が非常に不明で提案に不満足なので、政府を信用していない。
 また今まで、ファブリックマーケットの新しい候補地 はまだホームレスの人々で満たされており、政府はそれに対処する何も提示していない。ファブリックマーケットの人々は、ホームレスがいることで受ける影響を懸念している。

街に開かれた地面から階段を登っていくと、踊り場のように広がった空間で製作や教育など多様な活動が行われている。観光客が見学をしたり、住民が小さな場で過ごしたりすることも許容され、社会的階層を超えて様々な人の活動が混ざり合う基壇となる。街に開かれた地面から階段を登っていくと、踊り場のように広がった空間で製作や教育など多様な活動が行われている。観光客が見学をしたり、住民が小さな場で過ごしたりすることも許容され、社会的階層を超えて様々な人の活動が混ざり合う基壇となる。

[国際ワークショップ概要]

期間  :2017年08月23日-09月01日
活動拠点:香港

<指導教員>
Wallace Chang (建築家,香港大学建築学科准教授,1a スペース会長)
Rainer Hehl(建築家, ベルリン工科大学TU Berlin教授)
Nasrine Seraji (建築家、香港大学教授、建築学科主任)
乾 久美子(横浜国立大学大学院Y-GSA教授)
寺田 真理子(横浜国立大学先端科学高等研究院准教授、Y-GSAスタジオ・マネージャー)
篠原 明理(横浜国立大学大学院Y-GSA設計助手)
連 勇太朗(横浜国立大学先端科学高等研究院客員助教)

<参加学生>
Y-GSA
池上彰/重松理沙/杉浦哲朗/立石のぞみ/横尾周/田村聖輝/中島健/諸星佑香/吉村真菜